6月11日付の日記・・・
>私が明日から急にエゴ丸だしでバンド活動に参加したら増々メンバーに嫌われるだけだしね。
増々ってwwwあんさん、そりゃ元々他3人に嫌われてると言いたいのかいww
サッカー日本代表の本田選手の、とげとげしいまでのエゴイストな自己主張の激しさを評価するゴッチ。
しかし、全てのそういう人に、そのエゴイストさが「長所」や「魅力」として表れるわけではない・・・という内容。
自分の場合は、そのエゴイストさが「魅力」として表れる人間じゃない・・・とゴッチ。
ただ、自己主張がある程度あって、それをぶつけ合わないといい音楽ができない。アジカンというバンド(ようはチーム)の協調性を保ってくれてる人は他にいる。でも、このチームに必要とされる存在じゃないと辞めさせられる・・・
自己主張はしたいし、すごく大切・・・でも、自分は自己主張が激しすぎること(エゴイスト)が魅力として発揮されるような、そんな人間なんかじゃないんだよ・・・それをすると嫌われてしまうんだよ・・・そう言っているように聞こえた。
ゴッチは、卑下しすぎなんじゃないかと思うくらい、自分のことをマイナスに見てるなぁと思う。
今回の日記がそんな感じ。
特別な人間として構えない、ただ、職業がミュージシャンであるという立場から、自分を客観的に見てるだけだと思うんだけどね。
ゴッチが自分をこういう風に言うのって、きっと色々な挫折を味わってきたからなんだなって、思った。ゴッチに限らず、アジカンのメンバーも、他のバンドも、何かしらのそれぞれの経験と、そこから味わった挫折や、様々な感情を経て、今があるんだと思うけどね。
思い当たるものが、今年始めのゴッチの日記にあったから。
初めて読んだ時は、けっこうな衝撃だった。
失ったことで生まれるもの、失ったことでできた、埋まることのない大きな穴を埋めるための手段・・・
それが、ゴッチにとっての音楽。
音楽は夢じゃない。野球少年だったゴッチにとって、夢と言えばそれしかなかった。それを失って空っぽ状態だった心を、ゴッチは曲を書くこと、歌うこと、ギターを弾くことで、埋めようとしてたんだって。 ASIAN KUNG-FU GENERATIONっていうバンドにいることで、夢を失くした自分の存在意義を、必死に模索してたんだって。
そして、音楽が自分のロストを埋めるものであることは、今も変わっていない。
音楽で生きていくことを夢見て、音楽の世界に飛び込んでいく・・・ミュージシャンはそれが当たり前なんだと思ってた。
だから、ゴッチにとって音楽は夢じゃないと知った時は、すごくショックだった。 iPodに入れて、お気に入りになって聴いていた曲の数々が生まれるに至った原点に、そんな喪失感溢れる、とてつもなく空虚な思いがあったなんて。
ゴッチの今までの苦労なんて、話を聞いただけでは何も分かったことにはならない。苦しみや葛藤は、そういう苦しい体験をした人でないと、同じ気持ちになどなれない。
でも、そのマイナスな思いからあんなに素晴らしい曲の数々が生まれているんだね。そんなゴッチの想いを知ったからこそ、言葉を超えた、感覚的な何かで、今までよりずっと深くアジカンの音楽を聴けるような気がするし、改めて、そういう音楽に出会えたことを嬉しく思う。
リスナーっていう立場なんて、所詮それくらいのことしか分からんもん。それでいいんだと思うし。
失ったものから生まれた様々な音と言葉たちで、時には笑顔、時には涙・・・ライヴで思いっきり楽しむ・・・それがリスナー。
そんで、ゴッチがロストを埋めるためにいい音楽を作り続けることで、アジカンというバンドの中でミュージシャンとして生き続けられているのなら、それでいいのかな。
そうやって、生まれてきた音楽たち・・・それを通して交流しあうミュージシャンとリスナーがいるんだから。
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